コーポレートガバナンスとコンプライアンス
BCM※の実現
~緊急事態への備え~
BCM:ビジネスコンティニュイティマネジメント(事業継続マネジメント)

横浜ゴムグループのリスクマネジメントについて、その考え、体制、取り組みをご紹介いたします。
また、東日本大震災を受けて、何を見直し、何に注力していくべきか、部門を超えて実施した担当者の議論と、震災直後の当社の動きをご報告いたします。

横浜ゴムのリスクマネジメント

横浜ゴムは「安全衛生」「地震・火災」「遵法」「環境事故」などのリスクに対して、全般的な方針、体制を検討する「リスクマネジメント委員会」とそれぞれのリスクに具体的な対応をする専門の委員会・会議体を設けています。
リスクマネジメント委員会は「平時の啓発・緊急時の具体的な手順の整備」を主な役割とし、事態発生時の臨時会議の開催、メディアへの対応、関係部門の影響や対応活動の把握、経営陣への情報展開、従業員・労働組合・地域・取引先・官公庁への連絡などの手順と体制の整備をしています。専門の委員会・会議体は定期的な開催のほか事態発生時に臨時会議を開き、対応に当たります。最近の臨時開催の例には2009年新型インフルエンザ対策、2010年タイ非常事態宣言対応などが挙げられます。実際に対応した内容については後日改めて点検し、改善していくことが重要だと考えています。

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東日本大震災を受けて

当社グループの生産事業所は、主に関東から東海にかけて立地しているため、東日本大震災では、工場の被害は軽微で、復旧活動も比較的少なくて済みましたが、東北地方に立地するタイヤ、MBの販売網は大きな被害を受けました。
震災発生直後、まず必要になったのは、従業員の安否確認、被害状況の把握、さらに東京本社従業員の帰宅問題でした。帰宅問題については、11日夕方に開催した「緊急中央災害対策本部会議」において、交通機関が復旧するまでの間は本社社屋内で待機と決定し、従業員に通知しました。
当社の緊急事態対応は「中央災害対策本部」を中心に(1)従業員の安全の確保、(2)被害状況の把握、(3)被災拠点への物的支援と復旧作業、と進み、適宜状況を外部に公表。中央災害対策本部の会議は、3月31日までに計7回開催されました。
今回の震災を受けて、災害などの初動対応には、「事業所」という物理的な場所ごとの適切な行動が求められ、そのためには正確かつ迅速に情報を把握すること、場所ごとに意思決定体制を明確にしておくことが重要であり、被災拠点の復旧には全社あげての支援が欠かせないことを強く認識しました。今後は、取引先(サプライチェーン)の被災状況の把握、生産変動への共同対応体制づくり、本社や主力工場が大きな被害を被ったときの体制づくりに取り組み、BCMの実現を図りたいと考えています。

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東日本大震災を受けて
私たちが今後行うべきことは何か

東日本大震災が発生してから約1ヵ月半経過した2011年4月28日、横浜ゴム本社にて、震災直後の対応状況を共有した上で、「当社の震災に対する備えや体制は十分だったのか」「今後見直すべき点は何か」について、各関係者が会し、議論を行いました。

参加メンバー :
取締役常務執行役員グローバル人事部担当兼CSR本部長(当時) 福井 隆
CSR・環境推進室長 金澤 厚/グローバル人事部長 黒川 泰弘
総務部長 長田 実/企画部長 鶴野 孝一
横浜ゴムMB ジャパン株式会社 東北カンパニー社長 斎藤 良治

直後の緊急対応について

議論はまず、3月11日の震災当日の動きを振り返るところから始まりました。
最初のテーマとなったのは、直後の従業員の安否確認について。今回の震災では、携帯電話のメールを利用した安否確認システムは正常稼働したものの、一時は携帯メールもつながらないという状況が発生しました。これを受け、CSR本部の福井からは、「携帯メールに頼らない、別の通信手段を考える必要があると感じた」との指摘が。あわせて、「今回はたまたま金曜日の午後という、多くの従業員が社内にいる時間帯だったが、そうでない状況で発生した場合にどう連絡を取るのかを考えておくべき」との声も複数ありました。
また、「普段からの避難訓練の経験は突然の災害に際しても生かされていた」との意見が多数を占めた一方、「今回の災害はあまりに規模が大きすぎて、どう行動すればいいのか分からなかったというのが正直なところ」との声も。グローバル人事部の黒川は「災害対策本部内でも、『帰宅途中に何かあった場合に労災は適用されるのか』といった質問が飛び交い、判断に困った。そうした対応も含めたマニュアル化が必要」と述べました。
被災した横浜ゴムMBジャパン(株)東北カンパニーでは、一日分の水と非常食の備蓄をしており、従業員の帰宅時にそれを入れた非常袋を配布しました。この内容についても、仙台から参加した東北カンパニーの斎藤より、「今回のように長い間ライフラインが寸断されるケースもある。水や食糧は1週間くらい持ちこたえられる量の備蓄が必要かもしれないと感じた」との指摘がありました。

事業継続体制をどう保つのか

続いて、そうした緊急対応の後に求められる、事業継続体制の確立についての議論へ。総務部の長田は、今回の状況を振り返り、「取引先の工場や販売店、調達先の企業などの状況についての情報は翌日に集約を開始でき、それに基づいて、必要な部品を海外から輸入する体制を整えたり、生産体制を一時的に変更したりといった対応ができた。ただ、それらの対応が本当に適切だったかどうかの判断は、まだもう少し先になると思う」と発言。これを受け、「普段から部品や生産手段の選択肢を考えておく必要がある」との指摘もありました。
また、福井は「事業を継続させるために、トップダウンの指示で一定の統制を持って動けたと思う」と評価。一方で「それは、首都圏の被害がそれほど大きくなかったことで冷静に動けたからでもある。今後、仮に首都圏直下型の地震が来た場合にこれで十分なのかということを、もう一度点検しなくてはならない」との分析を述べました。
本社機能の移転に関しても、さまざまな意見が出されました。企画部の鶴野は、「経理、人事、情報システムなどの決済にかかわる機能はお客さま、従業員との関係や当社グループ全体の重要なデータの管理運営などから停滞させることができない。これらをほかの場所へ緊急に移動させなくてはならないこともあり得るので、スペースや人員などかなり具体的に考えておく必要がある、と認識した。社内への通知や準備作業までは行っていないが、福岡、札幌に50名ずつ、のイメージで検討した」と話しました。
ただし、実際に大規模な機能移転を実施するに当たっては、「どこに移転するのか」「最低限どのくらいの人員確保が必要なのか」といった検討が十分ではないのでは、との指摘も。「中央防災会議で議論はされているものの、それがBCPという形できっちりと総括されるに至っていない」という声もありました。
また、東京電力の計画停電実施地域となった平塚製造所から参加したCSR・環境推進室の金澤は、停電時に備え、自宅のパソコンから会社のサーバーに接続できるようにするなど、在宅勤務が可能な態勢を整備する必要性を強調。さらに平塚製造所のコージェネレーションシステムは停電時に所内の電力をまかなう構造になっておらず、計画停電に際し停止せざるを得なかったため、改造の余地があると指摘しました。同時に、そうした各拠点で明らかになった問題点を、全国で共有していく必要性を指摘する声も聞かれました。

物流機能という強みを生かして

今後の被災地への支援という観点からは、まず黒川が採用方針について報告。「工場での採用の際にはなるべく被災地からの方を、と考えているほか、新卒採用についても、被災地からの応募者については期間的な優遇措置を検討している」と述べました。また、東北カンパニーの斎藤からは「被災地域には、当社のお客さまである工場なども多い。そこへ向けて、とにかく必要な製品を、必要なタイミングで納品できる体制を保つことが重要」との意見が。「その意味で震災直後、東北カンパニー仙台本社に代わって、郡山支店や八戸支店が通信・物流面を担えたことは大きかった」との体験談も語りました。
震災直後には、仙台など被災した拠点に向けて、支援物資を輸送するなどの取り組みも行われました。それを振り返り、「我々の持っている物流機能が、非常に有効に機能するということを改めて認識した。それを生かした支援こそ、まさに本業に基づいたCSRではないか」との意見も。まだまだ厳しい状況の続く中、企業としてのリソースを生かし、今後どのような支援を行っていくのかが、課題であるとの認識が共有されました。

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東日本大震災発生からの動き ※本社を中心とした動きの一部

2011. 3. 11(金)

14:46
東日本全域に三陸沖を震源としたM9.0の地震発生。本社数箇所の窓ガラスにひび割れが入り、壁にもひびが入る。
館内の従業員は、ほぼ全員が事前に配布されていたヘルメットを着用。
安否確認システムは作動したが、携帯メールが断続的に不通となり集計困難。
15:10
緊急災害対策本部が召集され、館内での火災発生および人員に被害のないことが確認される。
従業員へは館内待機を指示。
15:30
取締役常務執行役員の福井を対策本部長代行として中央災害対策本部を設置。
メンバーを集め、情報収集と対応について活動開始。
横浜ゴム各事業所での人的被害がないことを把握。
17:00
交通機関の混乱を考慮して館内待機の方針を決め、本社内に指示。
21:00
地下鉄が運行再開したため希望者に対し、氏名を確認し、複数で帰宅するよう指示。 館内待機者には、水と非常食を全員に配布。

2011. 3. 12(土)

7:00
JRが運行再開。館内待機を解除。朝食の炊き出しを行う。
13:20
社長(当時)の南雲を対策本部長とし、タイヤ管掌、MB管掌および生産・販売・技術・原料調達・物流・情報システム・人事・広報・総務を担当する各役員と補佐する部門長が招集され、総務部長を事務局として、第1回中央災害対策本部会議開催。
従業員、工場の被害状況などが報告される。

2011. 3. 15(火)

15:00
タイヤ販売会社(YTJ)が仙台へ向け水と食糧などの支援物資を搬送。

2011. 3. 17(木)

15:00
三島・新城のタイヤ工場で減産。原材料減の影響で全工場残業なしの定時勤務。
YTJの支援物資が無事届けられたことを確認。

2011. 3. 31(木)

15:00
第6回中央災害対策本部会議にて、当社グループで唯一行方不明となっていた仙台港営業所の1名の方の死亡が確認された。
YTJの復興支援として、トラックなどを手配。MB販売会社も救援物資をYTJとの協同を含めて7回送付。

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